高く、まず界隈での老舗《しにせ》だったが三年前に亭主が故《な》くなって今は女主人お美野、これは、もと柳橋で鳴らした妓《おんな》で、今年三十一、二の年増ざかり、美人も美人だしそれに、決して人を外らさないなかなかの腕っこき、女ひとりでこれだけの大屋台を背負って立って小揺ぎもさせないどころか、鍋屋は、このお美野の代になってからかえって発展したくらいだという。非常に身長《せい》の高い女で、よく言えばすらりとした、悪くいえば半鐘泥棒式の、しかし、前身が前身だけにいまだに凄いような阿娜者《あだもの》だったが、このお美野にかぎって、若後家にもかかわらず、またこうした人出入りの激しい客稼業《しょうばい》にも似合わず、浮いたうわさなぞついぞ立ったことがないのだった。
 前夜、十四日の真夜中、丑《うし》の下刻とあるから八つ半、いまで言う午前三時ごろだった。
 この大鍋の階下《した》の一室に宿泊していた、武州小金井の穀屋の番頭で初太郎というのが、なにかしらほとほと[#「ほとほと」に傍点]と雨戸を叩く音で眼を覚ました――。
 と、言いさして、に[#「に」に傍点]組の頭常吉は、まだ薄暗い合点長屋の土間口に押し並
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