ない、舐めんばかりに顔を寄せて見入っている。文字若は、嬌態《しな》を作って、足を引っこめようとした。
「ありゃあ、いやですよ、親分さん。」
「まあ、待て。」その足首に藤吉の手がかかった。「変てこれんじゃあねえか。え、こう、弁天様の足のうらにゃ、胡麻の油が付いてるものけえ。」
 さっ!――と、文字若の顔から血の気が引いて、藤吉の手を蹴り解いて※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《あが》き起とうとした刹那、
「親分、おっしゃったとおりありやしたよ。」
 のそりと彦兵衛がはいって来た。手に、お美野が着て死んでいたのと同じ荒い滝縞の丹前、一連の細引きを持って――、
「彦、そいつあ、師匠の部屋から捜し出して来たか。でかしたぞ――これさ師匠、もう駄目だぜ。種あ上った。直に申し上げりゃあ、お上に御慈悲もあろうてえもんだ。」
 くるり着物の裾を捲くってしゃがみ込もうとする藤吉から、文字若は、白紙のような顔になって飛び退《すさ》っていた。
 ばた、ばた、ばた!――と二、三歩、歩を返して障子に手がかかる。階下へ、文字若、本性の鉄火性を顕《あらわ》して逃げ伸びようとする。そこを、待ち構えていたよう
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