に勘次が両腕の中にさらえ込んだ。
「放して! 放せったら放しやがれ!」
「いいてことよ。勘弁ならねえ。じっとしていなせえ。」
巨きな勘次が、しっかりと――多分必要以上にしっかりと――なよなよした文字若のからだを抱き締めて、ただにやにや立っている。とたんに、障子の外に多勢の跫音が来て、に[#「に」に傍点]組の常吉の声がした。
「お役人様がお見えになりやした。」
「そら、勘的、」藤吉は笑って、「惜しかろうが旦那衆にお渡し申せ。」
間もなく出張の同心加藤吉之丞の一行に文字若の身柄を引き渡した藤吉は、勘次彦兵衛の二人を連れて、もと来た道を八丁堀合点長屋への帰路にあった。
門松、注連繩《しめなわ》を焼く煙りが紫いろに辻々を色彩《いろど》って、初春《はる》らしい風が、かけつらねた絣の暖簾《のれん》に戯《たわむ》れる。のどかな江戸街上、今の鍋屋の陰惨な事件をそっくり忘れたかのように、釘抜藤吉は、のんびりとした表情《かお》だった。
「えらく企らんだものですね。」急ぎ足に追いつきながら、葬式彦が言った。「いずれ、たった一人の姉を殺《ねむ》らして、身代を乗っ取ろうてえくれえの女だから――。」
「うむ
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