のでございましょう。遅うございますねえ。」
 不時の姉の死に、取り乱すだけ取り乱した後の、脱けたような放心状態にいる文字若だった。鈴のような眼を真っ赤に泣き腫らして、屍骸《ほとけ》の傍に坐わっていた。撥《ば》ちだこ[#「だこ」に傍点]の見える細い指で、死人の顔を覆った白布を直しながら応えた。まくら頭《もと》に供えた茶碗の水に線香の香りがほのかに這ってく[#「く」に傍点]の字を続けたように揺らいでいる――。
「いっそ気が揉めますでございますよ。でも、町内の自身番から、お届け願ったのでございますから、すこし手間取れましょうが、追っつけお見えになりましょう。」
 藤吉は、文字若へにっこりした。
「師匠、凶死だからのう、おめえも諦めが悪かろうが、ものは考えよう一つだってことよ、まあ、それがお美野さんの定命だったと、思いなせえ。あんまり嘆いて、ひょっとお前が寝つきでもしようもんなら、姉妹ふたりで他に見る者のねえこの大鍋の身上は、それこそ大変《こと》だからのう。」
「はい。御親切にありがとう存じます。あたしゃこの階下の宇之吉さんの向う隣りの部屋に寝んでいたのでございますが、なんですか、あんまり二階
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