震いをしながら、庭の奥を見定めようとするように、軒下の闇黒に首を突き出した。が、遠くを見るまでもなかった。その、戸外へ伸ばした初太郎の鼻っ先に、だらりと二階から下っている人間――首吊――女らしい。そうだ、女の首吊だ。風に吹かれている。大きく揺れている。小刻みにふるえている。庇越しに、階上《うえ》から細引で垂れ下がっているのだ。
「あおっ!」
 と、出そうとしても出ない声を出して、初太郎は風に突き飛ばされるように一瞬に部屋に転げ込んでいた。無意識だった。あたまから蒲団を被って、もう一度叫ぼうとした。声を成さなかった。初太郎の聞いたものは、自分の歯の細かくかち[#「かち」に傍点]合う音だった。そしてそれは、まるで鍛冶屋の乱打ちのように、耳いっぱいに響いた。
 悪夢?――しかし夢ではない。初太郎はこわごわ床のうえに起き上って見ると、紛《まぎ》れもない女の首吊が、雨戸のすぐ外に宙乗りして、一段黒く遮ぎっているのだ。風を受けて、前後左右にしずかに揺れている。そればかりか、凝視《みつ》めているうちに首吊は、すう、すうと上から誰かが引き上げるように、五寸ぐらいずつ競りあがって往くではないか――。
 
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