れ何でござれ、歩きながら器用な長箸で摘んでは肩越しに竹籠へ抛り込んでゆく葬式彦兵衛――何のことはない、さながら判じ物のような百鬼|朝行《ちょうこう》が、本八丁堀三丁目、二丁目、一丁目とまっすぐに、松屋町宗印屋敷を左手に弾正橋を渡ると、本材木町八丁目、竹川岸から大根河岸までは、京橋を越えてほんの一足だ。炭町、具足町《ぐそくちょう》の家々の庇《ひさし》の朱いろの矢のように陽線《ひかり》が躍り染めて、冬の朝靄のなかに白く呼吸づく江戸の騒音が、聞こえ出していた。
 藤吉は途中に[#「に」に傍点]組と並んで、ゆうべ白魚屋敷の大鍋こと鍋屋で行われた女将《おかみ》お美野殺しの一件を、聴いているのかいないのか、それでもときどき相槌を打ちながら、片裾を掴み上げて足早やに急いでいる。

      五

 小夜嵐?――しきりに雨戸が鳴る音で眼をさました初太郎はしばらく家の中でじっと耳を澄ました。たしかに風も出ているようで、戸を洩る空気の揺らぎで枕行燈の火が小忙《こぜわ》しく明暗の色を投げる。皿の底の残りすくなの油を吸う音が、どうかすると虫のように聞こえて、初太郎は、時刻を忘れて妙にしんみり秋だなあと思った
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