ばならなかった。つと振り向いた藤吉の顔である。別人のような活気が漲って、獲物を香《か》ぎつけた猟犬の鋭さが、その眇《すがめ》の気味のある双眼に凝って、躍動して、放射している。その瞬間、に[#「に」に傍点]組の頭常吉は、この藤吉の眼の光に、柄にもなく現世で一番美しい、そして一ばん恐しい物を見たような気がした。それは、人間の意力が高潮に達した時に発する、一種の火花のようなものかもしれなかった。

      四

「どこへ行く? べら棒め! 知れたこっちゃあねえか、大鍋へ出張って、ちっといじくってみべえか――勘、汝も来い。」
「あい。」
「彦、手前も気になるようなら随《つ》いてくるがいいや。」
「へえ。お供させていただきやす。」
「頭あ、ことの次第はみちみち承るとしよう。」
 勘次が、戸前の焚火に水をぶっかけてそのまま合点小路を立ち出でた。なんとも奇妙な同行四人である。まともな恰好をしているのは常吉だけで、取られつづけの博奕打ちのような藤吉親分、真っ黒な痩せた脛で味噌こし縞ちりめんの女物の裾を蹴散らかして行く勘次兄哥、どんな時も商売を忘れないで、紙屑、鼻緒、木ぎれ、さては襤褸《ぼろ》でござ
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