のようである。大声を揚げたのは勘次だった。
「なにっ? お美野さんが――そ、そいつぁ勘弁ならねえ。彼の世へ戸惑いといやあ自害だろうが、してまた何の理由《わけ》あって自害なんど――。」
「さ、それがよ、なに、戸惑いとは言ったものの、勘さんの前だが、自害ではねえのだ。」
「なにを言やがる。勘弁ならねえ。あの弁天様のようなお美野さんを手に掛けるやつが、日本じゅうにあるはずはねえんだ。」
とむらい彦が、いつになく馬鹿叮嚀に口を挾んで、
「ま、お美野さんがお故《な》くなりになったとすりゃあ、ちょっくら蔵前へ走らせたでごぜえやしょうな。常磐津の名取りで文字若さんてえ女が、お美野さんの妹さんでね、三好代地《みよしだいち》に稽古場の看板を上げていなさるのだが――。」
「いや、人をやるもやらねえもねえ。」に[#「に」に傍点]組は、想い出したように新たに狼狽しながら、「運よくその師匠の文字若さんが、四、五日前から鍋屋さんに泊り込みでね、あっしゃあ今の先、大鍋さんの若い者に叩き出されて駈けつけたんだが、文字若さんの命令《いいつけ》で、すぐ、こちらの親分をお迎えにこうしてすっ[#「すっ」に傍点]飛んで来やし
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