寄ると、はじめ一応|検《み》た時と同じように、ちょっと申訳にちら[#「ちら」に傍点]と頸筋を拭いて手をやってみたのち、それから、死体の首に結んであった細引きを両手に扱《しご》きながら、何か、考えていたことを確かめ得たものか急に藤吉、水を噴くように上を向いて笑い出した、晴ればれとした、小児のような微笑《わらい》である。いつまでも笑い続けているから、一同が呆気にとられていると、藤吉は、
「けちな小細工だあな。世話あねえ、綺麗に露《ば》れやがった。いま犯人を揚げて見せる。みんな随いて来い。」
と、やにわに起ち上るや否、戸外に面した縁側の干台に腰掛けている彦兵衛へ駈け寄って、いきなり耳を掴んだ。
「彦っ!」
「お、痛えや、親分。他人《ひと》の所有《もの》だと思って――。」
「ここを見ろ。」指さす干台の一点に細引きでこすったようなかすかな跡がある。しかも、その下の縁に、麻の擦り切れたものらしい白い埃り状の糸屑が、ほんのすこし落ち散っているのだ。
「黙って聞け。」
耳を引っ張って、藤吉は何ごとか囁き込む。にやり微笑《わら》って委細承知した彦兵衛、一足先に部屋を出て、急ぎ梯子段を下りて行く音。
「さあ、そこの番つく[#「つく」に傍点]初太郎どんに宇之吉さんとやら。御苦労かけてすまねえが、なに、係り合いだ。ちょっくら階下の初太郎どんの部屋まで降りてもらいますべえか。」と藤吉は文字若を顧みて、「師匠、仇敵が取れるぜ。」
「あれ、親分さん、ほんとでございますか。」文字若はもう顔色を変えている。「お嬲《なぶ》りなすっては嫌でございますよ。」
「うふふ、せっかく、狂言《しべえ》の幕の割れるところだ。面白えから付いて来なせえ。」
おろおろしている宇之吉初太郎の両人を、六尺近い腕力家の勘弁勘次に守らせ、それに、今すぐ謎の下手人のわかると聞いて勇みと憎悪に顔色を蒼くしながら欣《よろこ》ばし気にいそいそ起って来る文字若――四人を伴れて、藤吉は、その真下の初太郎の部屋へ降りて来た。
部屋へはいると同時に、急な変化が藤吉の態度に現れた。その釘抜のような脚で大股に、かれは縁の外側の敷居――雨戸の敷居――の戸袋寄りのところ、ゆうべ初太郎がそこを開けてお美野の死体が宙乗りしているのを見たという、その一枚分の敷居へ、つかつかと進むと、もう藤吉は、一分前とは別人のように、笑いの影など顔のどこにも見られな
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