藤吉親分を、ふしぎな客と感ずるよりも、藤吉の存在それ自身が、二人の意識に入っていないらしいのだ。
「あの部屋で、三人じっと無言《だんまり》でいた時ほど、凄いと思ったことはねえよ。」
 後で藤吉が、述懐した。
 本所の南、五本松の浄巌寺《じょうがんじ》に、庄太郎の遺骸《なきがら》を埋めて、今は陰影《かげ》と静寂の深い家に、老夫婦は、こうして、ぼんやりすわって来たのだった。
 あんまり急な出来事なので、庄太郎の死を、現実に受け取ることは、なかなかできなかった。いまにも、あの元気な顔で、最後の朝、出がけに言ったように、安房屋の煮豆でも提げて、ぶらぶら帰宅《かえ》って来そうな気がしてならない。
 とにかく、これでお終《しま》いという法はない。これで、すべてがおわったのでは、自分たちの老いた心に、あまりにも残酷すぎる。こんなはずはないのだ――ふたりは、そう信じきっているようだった。今に、何かきっと、いいことが起る。なにもかも、とど笑いばなしになるような、素晴らしい突発事が、近く待っていなければならない。
 そして、庄公は帰宅《かえ》ってくる。必ず、にこにこ笑って、かえってくる!
 と、固く、思い
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