釘抜藤吉捕物覚書
悲願百両
林不忘

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)闇黒《やみ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)久住|希《き》十郎

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)針のめど[#「めど」に傍点]が
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      一

 ひどい風だ。大川の流れが、闇黒《やみ》に、白く泡立っていた。
 本所、一つ目の橋を渡りきった右手に、墓地のような、角石の立ち並んだ空地が、半島状に、ほそ長く河に突き出ている。
 柳が、枝を振り乱して、陰惨な夜景だった。三月もなかば過ぎだというのに、今夜は、ばかに寒い。それに、雨を持っているらしく、濡れた空気なのだ。
 その、往来からずっと離れて、水のなかへ出張っている岸に二階建のささやかな一軒家が、暴風に踏みこたえて、戸障子が悲鳴を揚げていた。
 腰高の油障子に、内部《なか》の灯がうつって、筆太《ふでぶと》の一行が瞬いて読める――「御石場番所」
 水戸様の石揚場なのである。
 番所の階下《した》は、半分が土間、はんぶんが、六畳のたたみ敷きで、炉が切ってある。大川の寄り木がとろとろ燃え
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