、その、本所一つ目の、岬のようになっているお石揚場の一軒家へ出かけて行ったのは、ちょうど、庄太郎の初七日の晩だった。
 いかにも、奇体な話だ。
 ただ、直接老夫婦の口から、詳しく聴いておきたいと、そう思ってやって来た藤吉だったが、
「御免なさい。あっしは、八丁堀の者ですが――。」
 戸を開けるとすぐ、異妖に悲痛な気持ちに打たれて、藤吉は、声を呑んでしまった。
 あの晩と同じに、炉に火が燃えて、煙の向うから、別人のように窶《やつ》れた惣平次が、
「八丁堀のお方が、何しにお見えなすった。」
 虚《うつ》ろな、咎めるような口調だ。
「じつあ、ちょいと、見せてもらいてえ物がありやしてね。その――。」
 竜の手、とは言わなかったが、老人は、すぐそれと感づいたに違いない。嫌な顔をして、黙った。
 藤吉は、構わず、上り込んで、部屋の隅の壁に凭《もた》れて、坐った。
 仏壇に、新しい白木の位牌が飾ってある。燈明の灯が、隙間風に、横に長かった。
 惣平次とおこうは、炉を挾んで対坐したまま、黙して、石のように動かない。勝手に上り込んで、影のように壁ぎわに腕を組んでいる、見慣れない、不思議な客――いや、その
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