しは、逸見家の用人だが、屋敷の仕事中に亡くなったのじゃからと、上《かみ》より、特別の思召しをもって、破格の葬金《とむらいきん》を下し置かれる。その使いにまいった。」
おこうと惣平次は、ぽかんと顔を見合っていた。
「一職人に対して、前例のないことじゃが、」用人は、つづけて、「百両の香奠《こうでん》、ありがたくお受けしまするように。」
「え?」
惣平次が、訊き返した。
「爺《とっ》つぁん、百両だ。百両――。」
長五郎が口を添えると、
「百両! ううむ、百両、か。」
と、呻いて、突如、真っ黒な恐怖が、むずと惣平次を掴んだ。
咽喉の裂けるようなおこうの叫びが、惣平次には、聞えなかった。かれは、気を失って、ぐったりと円く、土間へ崩れた。
五
水戸様お石場番所の番人の倅で、瓦職の庄太郎というのが、仕事先の、逸見若狭守お屋敷の屋根から、誤って滑り落ちて、飛び石で頭蓋《あたま》を砕いて死んだ――それはそれとして、その陰に、こんな面妖《めんよう》な話がある。
――と、風のように聞き込んだ八丁堀合点長屋の岡っ引釘抜藤吉が、乾児の勘弁勘次にも葬式彦兵衛にも告げずに、たった一人で
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