ってな、吹けよ、川風、上れよ、すだれ、の風なんざあ粋だが――おい、庄太、手前、砂利舟は、しっかり舫《もや》ったろうな。」
 惣平次は、いま打った駒で、取り返しのつかなくなった盤面《ばん》を庄太郎に気づかれまいとして、何げなく、ほかの話をしかけて注意を外らすのにいそがしかった。
 が、庄太郎は、二十三の青年らしい、ほがらかな微笑をひろげていた。
「うふっ! 父《ちゃん》、すまねえが、おらあ勝ってるぜ。」
 ごろっと、後頭部へ両手をまくらに、引っくり返った。
「出直せ、出なおせ。」
「この風だ。今夜はお見えになるまいて。」
 盤の駒をあつめながら、惣平次が、いった。
 おこうが、
「久住《くずみ》さんかい。」
 針を休めて、訊くと、
「なんぼあの旦那が物好でも、こんな大風の晩に出歩くこたあねえからな。」惣平次は、将棋に負けたので、八つ当り気味に、「おらあ好かねえよ。稼業たあ言い条、こんな石場の突鼻に住んでるなんざあ、気の利かねえはなしだ。まるでお前、なんのこたあねえ。千川っぷちの渡守りみてえなもんじゃあねえか。御近所さまがあるじゃあなし、何があったって早速の間にゃあ合やしねえ。ああ嫌だ、嫌
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