から」に傍点]の乾ものが、ひとりで動くわけがないじゃありませんか。」
「まま、いいや。」惣平次は、口びるまで白くしていた。「動くわけのねえ物がうごいたんで、ちょいとびっくりしたんだ。おいらの気のせいってことにしておくべえ。」
夜が更けて、狭い家のなかに、斬るような寒気が、迫って来ていた。烈風は、いっそう速度をあつめて、戸外に積み上げた石を撫でる柳枝《やなぎ》の音が、遠浪の崩れるように、おどろおどろしく聞えていた。
三人は、消えかかった炉の火を囲んで、しばらく黙りこくっていたが、やがて、日常の家事のはなしになって竜手様《りんじゅさま》のことは、忘れるともなく、忘れた。
要するに、一時の座興である。
寝につくことになって、老夫婦は、二階へ上る。庄太郎は、階下の炉ばたに、自分の床を敷き出す。
竜手様は、部屋の隅の、茶箪笥の上へ置いて。
野猿梯子《やえんばしご》を上って行く惣平次へ、庄太郎[#「庄太郎」は底本では「床太郎」]が、またからかい半分に、
「父よ、おめえの床ん中に、百両の金が温まってるだろうぜ、ははははは。」
惣平次は、妙にむっつりして、にこりともせず二階へ消えた。
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