「へえ。まだ誰にも知らせねえんで――見つけるとすぐ、おもてへ飛んで行って旦那にだけお報せしました。」
 旦那というのは、席主の幸七のことだった。
「そうかい。もう手遅れかもしれねえが。」と、藤吉は、依然として面白くもなさそうな顔を幸七へ向けて、「すまねえが、おいらがよしというまで、誰ひとりこの席亭を出ねえようにしてもらいてえ。」
「お易い御用でございます。どうも厄介なことになったものだ。嫌な噂が立っちゃあ、客足が遠のきますから、どうか親分さん、あんまりぱっとならねえように、よろしくお願いいたします。」
「ああ、いいとも。誰か殺した者があるとすりゃあ、こちとらあそいつを逮捕《しよっぴ》けばいいんで、まあ万事内々に早いところやりましょう。」
 幸七は足止めの手配に、芸人の出入りする裏口のほうへ急いで行った。

      三

 藤吉は屍体の上にしゃがんで調べにかかった。武右衛門は、高座の帰りに、そのままの衣装で死んでいて、顔がほとんど紫いろに変って眼が飛び出ていた。頸部《くび》に一条綱のあとがあって、鉛色に皺が寄っていた。
「締め殺されたんだ。」呻くように藤吉が言った。「それとも縊れ死ん
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