し向うへ寄った薄ぐらいところに、何か黒い大きなかたまりのようなものが倒れているのが、だんだんはっきり眼にはいってきた。そこへ行く途中、横隣の部屋の障子がすこし開いていて、出の仕度のできた操《あやつ》り人形の小屋台が置いてあるのが見えた。それは、文机《ふづくえ》ほどの大きさで、上から糸で人形を垂らして、舞台になるものだった。今夜あとから出ることになっている、有名な竹久紋之助の人形というのは、これだなと思って、藤吉は通り過ぎて行った。
「ほかの者はみんなどうしたんだ。」
 藤吉はそう言って、屍骸の上に屈《かが》み込んだ。屍骸――もうそれは、屍骸に相違なかったが、あの、いま高座を退《さが》って来たばかりの力持ち、大石武右衛門の屍骸だった。
 そうら、見ろ、だから言わねえこっちゃあねえ。図体《ずうてえ》の大《で》けえやつはこんなもんだ――といいたげに、藤吉の皮肉な苦笑が彦兵衛をふり返ったが、この藤吉のまぐれ当りの誇りどころか、彦兵衛は、われを忘れたように、武右衛門の死体におどろきの眼を瞠《みは》っていた。
「どうしたい、誰もいねえじゃあねえか。」
 藤吉が繰り返すと、出方の男衆が引き取って、

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