死ぬだろうなどと、人のことを不吉な、口の悪いことを言っても、彦兵衛は驚きもしなかった。
 かすかに、にこりと顔を歪めただけで、相手にならなかった。武右衛門の演技が進むにつれて、藤吉以外の観客の全部は、注意のすべてを高座へ吸われて行った。霰《あられ》のような拍手が、湧いたり消えたりした。
 彦が、
「あんなけだものを捕るなあ、骨でがしょうな。捕繩なんざあ、何本でも、固めて引っ切っちまいますぜ。」
 藤吉は、聞こえないふうだった。武右衛門がひっ込んで行くと、娘手踊りと銘打った梅の家連中というのが代って、三人の若い女が、高座いっぱいに踊りはじめた。いよいよ詰らなさそうに、藤吉は、場内のあちこちを見まわしていた。
 楽屋に通ずる、高座の横の戸があいて、あわてた顔の出方《でかた》のひとりが、現れた。壁ぎわの板廊下を木戸口のほうへ急いだかと思うと、すぐ席主の幸七を呼んで引っ返して来た。何かささやいていて、幸七の顔いろも変っている。誰かを探すように客席を見ていたが、すぐ藤吉を認めて、幸七は、小腰をかがめて近づいて来た。低声に、
「親分、とんでもねえことが起りましたようで、恐れ入りますが、ちょっと楽屋
前へ 次へ
全42ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング