に盛り上る。這うように動く。見物は讃嘆の声を呑んで、見守っている。われに返ったように、ざわめく。彦兵衛もいつの間にか乗り出して、細い身体を硬張《こわば》らせて凝視《みつ》めていた。まったく、力業師として、ちょっとこの右に出る者はあるまいと思われる大石武右衛門だった。
「あんなのにかぎって、ころっと死《まい》るものだ。」
突然、藤吉が言った。人が感心すると、貶《けな》したくなるのが藤吉の病いである。不機嫌なときは、右と言えば左と、何によらず皮肉に出るものだ。義理にも微笑《わら》うどころか、誰に対してもお愛想一ついうでなし、もしそんな時何か事件でもあろうものなら、藤吉親分ともあろうものが、鉄瓶が吹きこぼれたほどの、どんな詰らないことでも、初めからすぐ、こりゃあ難物だ、おいらの手に負えねえ、と投げ出したような口振りだった。ところが、それが、そういう口の下から、訳なく解決されて行くのが常だった。こうした藤吉の癖は、彦兵衛は百も知り抜いていて、いっこう気にしないことにしていた。じっさい、藤吉の悲観的態度は、態度だけで、格別何も意味しているものではないのだった。
だから今も、大石武右衛門はすぐ
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