武右衛門というのが、現れた。
 葬式彦は、自分が紙屑のような、貧弱な体格の所有主《もちぬし》なので、大男だの力持ちなどというと、人一倍興味を感ずるものとみえる。すぐに長い頸を伸ばして、高座に見入り出した。
 普通人の掌ほどの紋のついた、柿色の肩衣《かたぎぬ》みたいなものを着て、高座いっぱいに見えるほど、山のように控えているのが、武右衛門である。が、この第一印象が去ってから、よく眺めると、角力《すもうとり》のちょっと大きいぐらいのもので、からだそれ自身は、そんなに驚くに当らないのだった。
「武右衛門え、江戸見物に出て来ねえか、ちゅうことで、おう、見物させてくれるなら、行くべえ。なあんて、突ん出て来たのが、お前さま、江戸さ来てみたら、ああに、見物するでねえだ。見物されるだ――。」
 こんな口上を述べて笑わせながら、肩衣《かたぎね》を撥《は》ねる。着物の袖を滑らす。肌脱ぎになった。
 なるほど、見事な筋肉である。

      二

 湯呑みを握り潰す。火箸を糸のように曲げる。にぎり拳で板へ五寸釘を打ちこむ。それを歯で抜く、種も仕掛けもない。力ひとつなのである。肩や腕の肉が、瘤《こぶ》のよう
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