ん赭《あか》黒い顔が蒼く締まって死人のように、澄んで、沈んでいた。白髪まじりの細い髻《もとどり》を載せた、横へ広い大きな頭部を振って、黄色い、骨だらけの手で、じゃりじゃり音をさせて角張った顔の無精髯を撫で廻している。金壺眼《かなつぼまなこ》、行儀の悪い鼻、釘抜のようにがっしり飛び出た頬骨、無愛想にへの字を作っている口、今に始まったことではないが、どう見てもあんまり人好きのする容貌ではなかった。
「日の本は、岩戸かぐらの昔より、女ならでは夜の明けぬ国。」高座から、円枝の声が流れて来ている。「お色気のみなもとはてえと、御婦人だそうでげして――。」
 藤吉は、眼をひらいた。眇《すがめ》を光らせて、周囲《まわり》の人々を見た。苦笑とも欠伸《あくび》ともつかず、口をあけた。煙草で染まった大きな乱杭歯《らんぐいば》が見える。
 思い切ったように、とむらい彦兵衛が、
「親分、お眠そうじゃあごわせんか。帰りやしょうか。」
「なあに――。」
「円枝は、若えから無理もねえが、小《こ》うるせえ話しぶりでごぜえますね。」
「そうかの。」
 円枝が引っ込むと、一渡り鳴物がざわめいて、評判の五人力、越後上りの大石
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