こつ[#「こつ」に傍点]をよく心得ていて、いつも藤吉の口が重くなると触らぬ神に崇りなしと傍へも寄らないように、そっとして置くのだった。そして、そういう場合、藤吉は必ず誰にも知らせずに、大きな事件を手がけているので、しじゅう何かひそかに考えごとをしているふうだった。勘次も彦兵衛も、長年の経験からそれを承知していて、いざ親分の思案がまとまって話があるまでは、何も訊かないことにしていた。
「彦、来い。寄席《よせ》でも覗くべえ。」
ただこう言って、彦兵衛ひとりを伴に雨の中を、ぶらりと、八丁堀の合点長屋を出て来た釘抜藤吉だった。もちろん木戸御免である。親分の顔にあわてた男衆が、人を分けていい席へ案内しようとするのに、ここで結構と頤をしゃくって、さっさとその柱の根へ胡坐《あぐら》をかいたのだった。
それきり眼を閉じて、高座へはすこしの注意も払っていない様子だった。どうせ例の気まぐれだろうが、それにしても、何のためにわざわざ傘をさして寄席へでかけて来たのか、さっぱりわからないと彦兵衛は思った。
気のせいか、今夜は別して、いまにも何か変ったことが起りそうに、藤吉親分が緊張して見えるのだった。ふだ
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