坊主が降りて来そうな気はいだった。つぎは、呼びものの一つの紋之助の人形である。すると、眼が覚めたように活気づいた釘抜藤吉だった。
いきなり、その、出の時が迫って来たので、高座のほうへ廊下を進もうとする紋之助老人の前に、立ち塞がった。
幸七、出方の藤吉、円枝、梅の家連の女たち、楽屋番の銀兵衛ほかの芸人などが、愕いた顔を、そのまわりに持って来る。
人々に囲まれて、おこよは、紋之助を庇おうとするように、前へ出た。
しずかに、藤吉が、言っていた。
「師匠。」
静かに、紋之助が、答えた。
「何でございます。」
「やったね、師匠。」
「ほほう、何のことで――。」
ちょっと、間があった。
紋之助は、痩せた肩を聳かして、真正面から、藤吉を見据えた。
「おそれいりますが、おめがね違いです。」
「とは言わせねえぜ。じつああっしが――と、直《ちょく》に出な、直に。」
口を開いたのは、おこよだった。
「親分さん、何をつまらない冗談をおっしゃるんです。」血が滲みそうに、切れ長の眼尻が、上っていた。
「師匠は、鼠一匹殺さないお人で、それに、こんなお年寄りじゃあありませんか。釘抜藤吉とも言われる方が
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