た。

      八

「親分さん、もう死体を取り片づけても、ようがすかね。」
 男衆の藤吉が、訊きに来ても、藤吉は黙って、蝋燭の灯を見つづけながら、かすかにうなずいたきりだった。
 すぐに、多勢の手で、重い武右衛門の死体を運ぶらしく、騒がしい人声と物音が、障子のそとの廊下に起って、遠ざかって行った。
 紋之助は、じっとそれに聞き入るように、耳を澄ましているふうだった。
 高座から、花坊主の唄う浮世節の節廻しが、粋《いき》に、艶っぽく洩れて来ていた。
 藤吉が、おこよを片隅へ、さし招いた。
 二人は、人形舞台の向うに立って、低声だった。
「おめえさんは、師匠の何かね。」
「何と申して、」おこよは、意外な面持ちで、「三味でございます――。」
 紋之助老人が、聞きつけて、
「三味だけじゃあねえんで。私の人形の片手でございますよ。紋之助の人形は、おこよの糸に乗ってこそ、はじめてお客様の御意を取り結びます、はい。」
「あら、そんなこと――。」
 おこよは、初心《うぶ》らしく、顔を赧くして打ち消しながら、紋之助を見た眼を、藤吉へ返した。
「竹久の大師匠の芸でございますもの。あたしの三味《いと》
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