顔が見えていた。
余程の老齢らしく、柿色の肩衣をつけたからだも、腰がまがり気味に、油紙のような皮膚、枯木のような顔――弱い、いたいたしい老名人だった。
紋之助を見つけた藤吉の眼が、やさしく微笑した。
「竹久の師匠じゃあごわせんか。」
おこよが、びっくり振り向いて、
「あら、ほんとに――。」
「どうもとんだことで――お役目御苦労に存じます。」
慇懃《いんぎん》に藤吉へ挨拶して、幾分迷惑そうに、紋之助老人は、前へ出た。
藤吉が、
「ねえ、師匠、障子に影だけ見えて、それで、肝腎の人はいなかったというんで――この、二方口の廊下の、いってえどこへ消えたもんでげわしょうのう。」
「なあるほど。奇怪なこともあればあるもので――。」
「それより、首っ玉に紐を巻かれながら、どうして武右衛門さんは、相手を掴みつぶしてしまわなかったか――それが不思議でならねえ。」
「いや、まったく、ね。」
「なにしろ、あの力でがしょう――。」
「あの力だ――。」
「手が、届かなかったのかな。」
独りごとのように言って、藤吉は、高座の上り口の蝋燭を、じいっと見つめていた。
紋之助は、首を捻っただけで、答えなかっ
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