久の師匠は――?」
「溜りに、出を待っております。」
「ほかに、この辺に人はいなかったといいなさる。」
「はい。どなたも見かけませんでございました。」
「おう、円枝さんえ。」藤吉は、不意に声を落して、顔を突き出した。「隠しちゃあいけねえ。おっと、あわてるこたあねえのだ。おまはん、武右衛門とは、普段から仲が悪かったろうな。」
 急に蒼褪《あおざ》めた円枝が、無言で、口を開けたり閉じたりしていると、おこよが言葉を挾んで、
「それは親分さん、あたしから申し上げます。武右衛門さんも、そりゃあ好い人でしたけれど、うるさくあたしにつきまとって、あんまりくどいんで、それに、あたしが嫌がってることを知ってるもんですから、なにかにつけ、円枝さんが買って出てあたしを守護《まも》って下すったんです。」
「とんだ惚気《のろけ》だ。」苦笑が、藤吉の口を曲げた、「ここらあたりと狙って、ちょっと一本|放《ぶ》ちこんでみたんだが、おこよさんの口ぶりじゃあ、どうやら金の字だったようだのう。」
 にやりと、彦兵衛をかえり見ると、とむらい彦は、立ったまま寒そうに貧乏揺ぎをしながら、
「親分、あんな大の男が、どうしてああちょ
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