話しこんでいなすったのだね。」
藤吉は、まだそこにぼんやり立っていた円枝とおこよへ、声をかけた。
円枝が、きょとんとして、答えた。
「へえ。あっしは、武右衛門さんに高座を渡して、ずっとこの裏の溜りで馬鹿っ話をしておりました。すぐ帰るつもりだったんですが、来る途中、下駄の緒を切らしてしまって、楽屋番の銀おやじがすげて[#「すげて」に傍点]いてくれるんですけれど、それがなかなか立たねえので――今も、待っているところでございます。」
おこよは、静かな眼を藤吉の顔に据えて、しとやかにうなずいた。
「おまはんに訊くが」と、藤吉はおこよへ、「廊下に、誰も見かけなかったかね?」
「はい。武右衛門さんが高座を下りて、この前を通って行ったきりで――。」
「そりゃあわかってらあな。」
「しばらくして、藤吉どん――出方の藤どんが、おもてから来たようでしたが、そのとき、師匠と一しょに、わたしはこのつぎの間の化粧部屋へはいりましたので、後のことは――。」
「いまはじめて武右衛門の――騒ぎを知りなすった?」
「さようでございます。」
おこよと円枝が、一緒に答えると、藤吉はじっと口びるを咬んでいたが、
「竹
前へ
次へ
全42ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング