ぐに殺られる。廊下に人がいねえで、影だけ映っていた――。」
「紋之助さんとおこよさんは、あっしが席主の旦那を呼びに引っ返して、いま親分と一緒にここへ来るあいだに、何も知らねえで化粧部屋へはいったものでごわしょう。」
「そうだろう。訊いてみりゃあわかる。」
「すると、誰もいねえ廊下で、」彦兵衛がむすぶように、「武右衛門は絞め殺されたわけですね。」
「まあ、そんなことにならあ。」
 裏口へ通ずる廊下のむこう端に、驚愕に色を失った銀兵衛おやじの蒼い顔が、怖る恐る覗いた。銀兵衛は、楽屋口を預かる下足番で、枯木のような小柄な老人である。
「おい、銀!」幸七が、呼び込んだ。
「誰も出て行きゃあしめえな。」
「へえ、そうお達しだから、裏を閉めてしまいました。」
「馬鹿野郎、締めちゃあ仕様がねえじゃないか。もう追っつけ伯朝師匠が乗り込むころだが、来たって、はいれやしめえ。」
「なあに、心配しなさんな。」藤吉は、珍しく笑って、「犯人《ほし》せえ挙げりゃあすぐにも開けてやらあな。」
 そして、銀兵衛へ、「こう、爺つぁん、お前、武右衛門の死んだこたあ今聞いたのか。」
 出方の藤吉が、幸七へあわただしく囁いて
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