「つぎは浮かれ節の花坊主だが、知らせてようがすね。」
 藤吉が、聞き咎めた。
「芸人衆は、ちっとも見えねえようだが、どこに詰めているんだ。」
「この部屋もそのためにあるんですが、高座のすぐ裏なもんですから、出の近い人が待つだけで、皆ずっと向うの座敷のほうにごろごろしております。さっき申し上げた化粧部屋の、また彼方なんで。」
「そうか。道理で、ちっとも姿を見せねえと思った。武右衛門も、そこへ帰ろうとしてここを通っていたんだな。」
 と藤吉が眼を返すと、銀兵衛がつづけて言った。
「すこしも存じませんでございました。旦那が廻って来て、誰も出しちゃあいけねえというんで、初めて知りましたようなわけで――。」
「おめえは裏口を離れずにいたんだな。」
「へえ。芸人衆のお履物を預かっておりやすんで。」
「この廊下を通って、誰か出て行った者があったろう、なあ爺つぁん。」
 銀兵衛は、きょとんとして、首を振った。
「いいえ裏ぐちは一つですが、どなたも。」

      五

 ふふんと藤吉は、小鼻をふくらませて黙りこんだが、すぐ顔を上げて、銀兵衛に、向うへ行けという合図をした。
「ほんとに誰も、出て行
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