「しかし、影だけで、人はたしかにいませんでしたよ。」
「そりゃあお前。」藤吉である。
「この武右衛門さんの影じゃあなかったのかな。」
「冗談じゃあねえ。」
出方の藤吉は、自分の証言を守るために一生懸命になっていた。
「そん時ぁもう、武右衛門さんはこのとおりここに倒れていたんで。」
「じゃあ、その影のことを、もそっと詳しく話してみな。」
「へえ。ようがすとも!――と言ったところで、なにしろとっさの出来事だったんで、どうもぼんやりしたお話で困りやすが、なんですよ親分さん、影はね、傴僂《せむし》のようでしたよ。」
「せむし――?」
「ええ。大きな髪を結って、手に何か持っていやした。」
「何を持っていた。」
「何だか知らねえが、糸のような物を持っているのが見えたんで――。」
みな黙って、交る代る顔を見合っていた。割れるような拍手が聞こえて来て、つづいてまた唄と三味線がはじまって、しいんとなった。
「無理もねえ。」藤吉は、しずかに、「影じゃあそんなところまでわかるわけはねえからの。ことに、ちょっと間、ちらと眼にうつっただけじゃあ、これは、細けえことは訊くほうが唐変木《とうへんぼく》よなあ。
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