へえ、さようでございます。その時、この障子に映ってる大きな影を見ましたんで。」
「人がいねえのに、影だけ見えたのか。」
「そうなんで。」
「紋之助さんとおこよは何をしていた。」
「何とも思わねえから、気をつけて見たわけではありませんが、なんでも、操り舞台の仕度をしながら、紋之助さんが何か一生懸命に口真似で話し込んでいました。大方、高座の打ち合わせをしていたのでございましょう。」
「影は、こう、急いでうつったと言いなすったね。」
「へえ。急ぎにも何にも、障子にひらひらと写ったかと思うと、すぐ消えてしまいました。」
「どんな影か、思い出せねえか。」
「どんな影といって――、」出方の藤吉は首すじを撫で撫で、「着物を着て、袴をつけたような、ふくれ返った人間の影でしたが――。」
「ううむ。袴をはいていた、と。」
 藤吉は、不遠慮に欠伸《あくび》をした。

      四

「なに? 袴をはいていた?」幸七が、大きな声で、出方へ、
「おめえ夢でも見たんだろう。誰も、はかまをはいた者なんか、楽屋にいやしねえじゃねえか。」
「戸外から忍び込んだに違えねえ。」
 彦兵衛の前に、出方の藤吉は口を尖らせて、
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