住か小塚ッ原――。」
「あっ!」
と喜兵衛は大声を揚げた。もう白々と明るくなった中庭の隅に、煙りのように黒い影が動いたのだった。
「あれですかい。」
と藤吉は笑った。
「今の脅し文句も、じつは、あのお方にお聞かせ申そうの魂胆《こんたん》だったのさ。」
庭の影は這うように生垣《いけがき》へ近づいた。
「おい、仙どん。」
藤吉は呼びかけた。
「お前そこにいたのか。」
猿のような鳴声と共に、ひらり[#「ひらり」に傍点]と仙太郎は庭隅から路地へ飛び出した。
「野郎、待てっ。」
跣足《はだし》のまま藤吉は庭の青苔を踏んだ。
「親分。」
と、葬式彦兵衛が縁側に立っていた。
「吉野屋へ行って来やしたよ。」
「いたか。」
垣根越しに仙太郎の後を眼で追いながら、こう藤吉はどなるように訊いた。
「清の奴め青い面して震えていやがったが、浅草橋の郡代前《ぐんでえめえ》へ引っ立てて、番屋へ預けて参《めえ》りやした。」
「でかした。」
と一言いいながら、藤吉は縁へ駈け上った。
「彦、仙公の野郎が風を食いやがった。路地を出て左へ切れたから稲荷橋を渡るに違えねえ。まだ遠くへも走るめえが、手前一つ引っ
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