くくってくるか。」
「ほい来た。」
 と彦兵衛は鼻の頭を擦り上げて、
「どこまでずらかり[#「ずらかり」に傍点]やがっても、おいらあ奴の香《か》をきいてるんだから世話あねえのさ。親分、あの仙公て小僧は藁臭えぜ――。」
「はっはっは、また道楽を始めやがった。さっさとしねえと大穴開けるぞ。」
「じゃ、お跡を嗅ぎ嗅ぎお迎《むけ》えに――。」
 ぐい[#「ぐい」に傍点]と裾を端折《はしょ》って、彦兵衛は表を指して走り出した。
「彦。」
 藤吉の鋭い声が彼を追った。
「いいか、小当りに当って下手にごて[#「ごて」に傍点]りやがったら、かまうことあねえ、ちっとばかり痛めてやれ。」
「この模様じゃ泥合戦は承知の上さ。」
 呟きながら彦兵衛は振り返った。
「して、これから、親分は?」
「知れたことよ、郡代前へ出向いて行って上布屋をうん[#「うん」に傍点]と引っ叩《ぱた》いてこよう――。」

      四

 羽毛のような雪を浮かべて量《かさ》を増した三|俣《また》の瀬へ、田安殿の邸の前からざんぶ[#「ざんぶ」に傍点]とばかり、水煙りも白く身を投げた荷方の仙太郎は、岸に立って喚いた彦兵衛の御用の声に、
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