――が、それにしちゃ――。」と藤吉は小首を傾けながら縁端近くの沓脱石《くつぬぎいし》へ眼を落した。
「どこにも庭下駄が見えねえのはどういうわけでごぜえます?」
「おや!」
と喜兵衛は小さく叫んで庭中を見渡した。
「はははは。」と藤吉は笑った。
「庭下駄は置場にありやすよ。裏っ返しや横ちょになって、隅と隅とに飛んでいるのを、あっしゃあしかと白眼《にら》んで来やした。こう言ったらもうおわかりだろうが、今一つお訊きしてえことがある。ほかでもねえが、海に由緒《ゆかり》のあるところから来ている者が、いってえ何人お店にいますね?」
「さあ――。」
と番頭はしばらく考えた後、
「まず一人はございますな。」
「喜兵衛さん。」
と改まって藤吉は声を潜ませた。
「お店から一人繩付きが出ますぜ。」
「えっ。」
喜兵衛は顔の色を変えた。
「いやさ。」と藤吉は微笑した。
「旦那の喪《ね》え後は、いわばお前さんがこの家の元締め、で、お前さんだけあ、手を下ろす前に耳に入れておきてえんだが、繩付きどころの騒ぎじゃねえぜ。知ってのとおり、喜兵衛さん、主殺しと言やあ、引廻しの上、落ち着く先はおきまりの、差しずめ千
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