が、それが、正午前から来て暮れ六つまで居間で主人と話し込み、迫る夕闇に驚いてそこそこに座を立ったというのが、いっそう藤吉の注意を惹いた。
「その時お店は忙《せわ》しかったんですかい?」
 と眼を細めて彼は喜兵衛の顔を見守った。葉茶屋と言っても卸《おろ》しが主なので毎日夕方はわりに閑散なのがどういうものか昨日は、なかなか立て込んでいたという返事に、満足らしく微笑しながら、藤吉はまた質問の網を手繰《たぐ》り始めた。
「その清二郎さんという反物屋は、この三年奥州の方を廻って来たということですが、真実《まったく》ですかい?」
「へい、なんでもそんなことを言って、仙台の鯛味噌を一樽店の者たちへ土産《みやげ》に持って参りました、へい。」
「なるほど。」
 と藤吉は腕を拱《こまぬ》いた。と、中庭の植込みを透かして見える置場の横を顎で指しながら、
「あの小屋へ左手の路地からもへえれますね。」
「大分垣が破れていますから、潜ろうと思えば――。」
 という番頭の言葉をしまいまで待たず、
「旦那は盆栽《ぼんさい》がお好きのようだったから、それ、そこの庭にある鉢植にも、大方自身で水をおやりなすったことでしょう
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