込んだ。
「おい、一っ走り馬喰町の吉野屋まで行って、清二郎という越後の上布屋《じょうふや》を突き留めて来てくれ。」
 頷首いた彦兵衛の姿が、台所の薄暗がりを通して戸外《おもて》の方へ消えてしまうと、置場へ引っ返して来た藤吉は、検視の役人へ声を掛けた。
「旦那、こりゃあどうも質《たち》のよくねえ狂言ですぜ。とにかくこの自滅にゃあ不審がありやすから、すこし詮議をさせていただきやしょう。」
「そうか、おれもなんだか怪しいと思っていたところだ。」
 と鬚のあとの青々とした若い組下の同心が、負けない気らしく少し反り返って答えた。
「手間は取りませんよ。なに、今すぐ眼鼻をつけて御覧に入れます。」
 苦々しそうにこう言い切ると、そのまま藤吉は店へ上り込んで、茶室めいた奥座敷へ通ずる濡縁の端へ、大番頭の喜兵衛を呼び出した。二本棒のころからこの年齢《とし》まで、死んだ撰十の下に働いて来たという四十がらみの前掛けは、いかにも苦労人めいた態度《ものごし》で、藤吉の問いに対していちいちはっきりと受け答えをしていた。昨日、三年振りで越後の上布屋清二郎がお店へ顔を見せたということは、さっき女中の話でもわかっていた
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