の不幸な息子のことが偲ばれるのであった。この徳村撰十という人物は、ただの商人ばかりではなく、茶の湯俳諧の道にも相当に知られていて、その方面でも広く武家屋敷や旗下の隠居所なぞへ顔を出していた。彼のこの趣味も元来《もともと》好きな道とは言いながら寄る年浪に跡目もなく、若いころの一粒種は行方知れず、ことに三年前に女房《つれあい》に別れてからというものは、店の用事はほとんど大番頭の喜兵衛に任せきっていたので、ただこの世の味気なさを忘れようとする一つのよすがにしていたらしいとのことだった。だが、これだけの理由で、このごろは内輪が苦しいとはいうものの、この大店の主人が、書遺き一つ残さずに首を縊ろうとはどうしても思えなかった。
「それで、その、なんですかい。」と藤吉は常吉の話のすむのを待って口を入れた。
「その徳松さんとかってえ子供衆は、今だに行方《ゆきがた》知れずなんですかい。」
「子供と言ったところで、いまごろはあの荷方の仙太郎さんくらいに――。」
 と答えようとする常吉を無視して、ちょうどそこへ水を汲みに来た女中の傍へ、藤吉は足早に進み寄って何ごとか訊ねていたが小声で彦兵衛を呼んでその耳へ吹き
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