っぽこが果して勘次の推測どおり、唐の草根木皮《そうこんもくひ》の一種を意味していたものか、あるいはたんに卑俗な発音語に過ぎなかったものか、そこらは彦兵衛自身もしかとはきめていないようだった。この男には大分非人の血が混っているとは、口さがない一般の取沙汰であったが、勘次も藤吉も知らぬ顔をしていたばかりか、当人の彦兵衛はただにやにや[#「にやにや」に傍点]笑っているだけで、頭《てん》から問題にしていないらしかった。
 薬研堀《やげんぼり》べったら[#「べったら」に傍点]市も二旬の内に迫ったきょうこのごろは、朝な朝なの外出に白い柱を踏むことも珍しくなかったが、ことにこの冬になってから一番寒いある日の、薄氷さえ張った夜の引明け七つ半という時刻であった。出入先の同心の家で、ほとんど一夜を語り明かした藤吉は、八丁堀の合点長屋へ帰って来ると間もなく、前後も不覚に鼾《いびき》を掻き始めたその寝入り端《ばな》を、逆さに扱《しご》くようにあわただしく叩き起されたのであった。
「親――親分え、具足町《ぐそくちょう》の徳撰《とくせん》の――若えもんでごぜえます。ちょっとお開けなすって下せえまし。とんでもねえこ
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