てあたりの人をびっくりさせた。非常に嗅覚の鋭敏な人間で、紙屑籠を肩に担《かつ》いでは、その紙屑の一つのように江戸の町々を風に吹かれて歩きながら、ねた[#「ねた」に傍点]を挙げたり犯人《ほし》を尾けたり、それに毎日のように落し物を拾って来るばかりか、時には手懸り上大きな獲物のあることもあった。じつは彼の十八番《おはこ》の尾行術も、大部分は異常に発達したその鼻の力によるところが多かった。早い話がすべての人が彼に取っては種々な品物の臭気《におい》に過ぎなかった、親分の藤吉は柚子味噌《ゆずみそ》、兄分の勘弁勘次は佐倉炭、角の海老床の親方が日向《ひなた》の油紙《ゆし》、近江屋の隠居が檜――まあざっとこんな工合いに決められていたのだった。
「なんでえ、まるっきり洋犬《かめ》じゃねえか。くそ[#「くそ」に傍点]面白くもねえ、そう言うお前はいってえ、何の臭いだか、え、彦、自身で伺いを立てて見なよ。」
中っ腹の勘次はよくこう言っては、癪半分の冷笑を浴びせかけた。そんな場合、彦兵衛は口許だけで笑いながら、いつも、
「俺らか、俺らあただのちゃらっぽこ。」
と唄の文句のように、言い言いしていた。このちゃら
前へ
次へ
全28ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング