「話せば永いことながら――。」
 根が呑気な常吉はこうした場合にもこんなことを言いながら、少し調子づいて藤吉の顔を見詰めた。それを遮るように藤吉は手を振った。
「ま、後から聞きやしょう。死人《しびと》を前に置いて因果話《いんがばなし》もぞっ[#「ぞっ」に傍点]としねえ。それより――おい、彦。」
 と、彼は傍に立っている彦兵衛を返り見た。
「お前《めえ》ちょっとここへ上って、仏を下ろしてくんねえ。御検視が見えるまでぶら[#「ぶら」に傍点]下げておくがものもあるめえよ。」
 言いながら屍骸の真下にある宇治の茶箱を顎で指した。恐らくこれを台にして死の首途《かどで》へ上ったらしいその空箱が、この場合そのまますぐ役に立つのであった。
 無言のまま彦兵衛は箱の上に立って、両手を綱の結び目へ掛けた。二、三歩後へ退って二人はそれを見上げていた。力を込めているらしいものの、綱はなかなか解けなかった。屍体の両脚を横抱きにして、藤吉は下からそっ[#「そっ」に傍点]と持ち上げてやった。死人の顔と摺れ合って、油気のない頭髪が額へかかってくるのをうるさそうにかきのけながら、彦兵衛は不服らしく言った。
「畜生、な
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