中|暖簾《のれん》とさえ見れば潜ったものだから、十軒店近くで同伴《つれ》と別れ、そこらまで送って行こうというのを喧嘩するように振り切って、水溜りに取られまいと千鳥脚《ちどりあし》を踏み締めながら、ただひとり住吉町を玄冶店《げんやだな》へ切れて長谷川町へ出るころには、通行人が振り返って見るほどへべれけ[#「へべれけ」に傍点]に酔い痴《し》れていた。素人家《しもたや》並みに小店が混っているとはいうものの、右に水野や林|播磨《はりま》の邸町《やしきまち》が続いているので、宵の口とは言いながら、明るいうちにも妙に白けた静けさが、そこらあたりを不気味に押し包んでいた。鼻唄まじりに、それでも頭だけはやがて来るであろう大掛りな儲け話をあれかこれかと思いめぐらして、伝二郎は生酔いの本性違わずひたすら家路を急いでいた。優しい跫音《あしおと》が背後から近づいて来たのも、かれはちゃん[#「ちゃん」に傍点]と知っていた。縮緬《ちりめん》のお高祖頭巾《こそずきん》を眼深に冠って小豆色の被布を裾長に着た御殿風のお女中だった。二、三間も追い抜いたかと思うと、何思ったか引き返して来た。避《よ》ける暇もなかったので、あ
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