釘抜藤吉捕物覚書
怪談抜地獄
林不忘

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)揮《ふる》った

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)水野|大監物《だいけんもつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あっし[#「あっし」に傍点]んとこの
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      一

 近江屋の隠居が自慢たらたらで腕を揮《ふる》った腰の曲がった蝦《えび》の跳ねている海老床の障子に、春は四月の麗《うらら》かな陽が旱魃《ひでり》つづきの塵埃《ほこり》を見せて、焙烙《ほうろく》のように燃えさかっている午さがりのことだった。
 八つを告げる回向院《えこういん》の鐘の音が、桜花《はな》を映して悩ましく霞んだ蒼穹《あおぞら》へ吸われるように消えてしまうと、落着きのわるい床几のうえで釘抜藤吉は大っぴらに一つ欠伸《あくび》を洩らした。
「おっとっとっと――。」
 髪床の親方甚八は、あわてて藤吉の額から剃刀の刃を離した。
「親方、いけねえぜ、当ってる最中に動いちゃあ――。」
「うん。」
 あとはまた眠気を催《もよお》す沈黙《しじま》が、狭い床店の土間をのどかに込め
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