り出して、気の合った同士の二人三人ずついつからともなく離ればなれに、そこここのちゃぶ[#「ちゃぶ」に傍点]屋や小料理屋の奥座敷へしけ[#「しけ」に傍点]込んで晴れを待つ間を口実に、甘口は十二カ月の張り合いから、上戸は笑い、泣き、怒りとあまり香ばしくもない余興《よきょう》が出るまで、差しつ差されつ小酒宴《こざかもり》に時を移して、永くなったとはいうものの、小春日の陽脚が早やお山の森に赤あかと夕焼けするころ、貝の代りに底の抜けた折や、綻《ほころ》びの切れた羽織をずっこけ[#「ずっこけ」に傍点]に片袖通したりしたのを今日一日の土産にして、それぞれ帰路についたのであった。
 さしもの雨も残りなく晴れ渡って、軒の雫《しずく》に宵の明星《みょうじょう》がきらめいていた。月の出にも間があり、人の顔がぼんやり見えてなんとなく物の怪《け》の立ちそうな、誰《た》そや彼かとゆうまぐれだったという。
 ちょっとでも江戸を出りゃあ、もう食う物はありませんや、という見得《みえ》半分の意地っ張りから、蔵前《くらまえ》人形問屋の若主人|清水《きよみず》屋伝二郎は、前へ並んだ小皿には箸一つつけずに、雷の怖《こわ》さを払
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