ていた。気分が悪くなると葱をかじり出すのがこの男の癖なのである。だからせっかく髪床へ顔を出しても、今日は将棋の相手も見つからないので、手持ち無沙汰に藤吉が控えているところへ、
「親分一つ当りやしょう――大分お月代《さかやき》が延びやしたぜ。なんぼなんでもそれじゃお色気がなさ過ぎますよ。」
と親方の甚八が声を掛けたのだった。ぽん[#「ぽん」に傍点]と吸いさしの煙管を叩いて、藤吉は素直に前へ廻ったのだったが、実は始めから眠るつもりだったのである。
「こうまであぶ[#「あぶ」に傍点]れるとわかっていりゃあ、あっしも店を締まって押し出すんだった。これでも生物ですからね、稀《たま》にゃあ商売を忘れて騒がねえとやりきれませんや。」
「まったくよなあ。」
と藤吉はしんみりして言ったが、しばらくして、
「十軒店の人形市はどうだったい?」
「からきし[#「からきし」に傍点]駄目だってまさあ、昨日清水屋のお店の人が見えて、そ言ってましたよ、なんでも世間様がこう今日日のように荒っぽく気が立って来ちゃあ昔の習慣《しきたり》なんかだんだん振り向きもしなくなるんだって――そりゃあそうでしょうよ、あああ、いやだ
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