のお天気が儲けものでさあ。町内の繰り出しとなるときまって降りやがるのが、今年あどうしたもんか、この日和《ひより》だ。こりゃたしかにどっかのてるてる坊主がきいたんだとあっしゃあ白眼《にら》んでいますのさ。十軒店の御連中は四つ前の寅の日にわあ[#「わあ」に傍点]ってんで出かけやしたがね、お台場へ行き着くころにゃ、土砂降りになってたってまさあ――ねえ、親方、今日はいよいよ掃部《かもん》さまが御大老になるってえ噂じゃありませんか。」
「うん。」
半分眠りながら藤吉は口の中で相槌を打っていた。安政五年の四月の二十三日は、暦を束にして先に剥《はが》したような麗かな陽気だった。こう世の中が騒がしくなってきても、年中行事の遊ぶことだけは何をおいても欠かさないのが、そのころの江戸の人の心意気だった。で、海老床の若い者や藤吉部屋の勘弁勘次や、例の近江屋の隠居なぞが世話人株で、合点長屋を中心に大供子供を駆り集め遅蒔《おそま》きながら、吉例により今日は品川へ潮干狩りにと洒落こんだのである。時候のかわり目に当てられたと言って、葬式《とむらい》彦兵衛は朝から夜着を被って、黄表紙を読みよみ生葱《なまねぎ》をかじっ
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