りの小道具がいつでも発てるように用意されてあった。その場を繕《つくろ》う二言三言を交した後、伝二郎はすぐに若い者に下知を下して、そこと思う壁のあたりを遮《しゃ》二無二切り崩しにかからせた。玄内は黙りこくって縁端から怪訝《けげん》そうにそれを見守っていた。が、伝二郎はそれどころではなかった。掘っても突いても出て来るのは藁混《わらまじ》りの土ばかり、四畳半の壁一面に大穴が開いても、肝腎《かんじん》の抜地獄はもちろん、鼠の道一つ見えないのである。こんなはずではないが――と、彼はやっきとなった。しまいには自分から手斧を振って半分泣きながらめったやたらにそこらじゅうを毀《こわ》し廻った。
「可哀そうに、とうとう若旦那も気が違ったか――。」
 人々は遠巻きに笑いながら、この伝二郎の狂乱を面白そうに眺めていた。
 はっ[#「はっ」に傍点]と気がついた時には、今までそこいらにいた玄内の姿が見えなかった。伝二郎は跣足《はだし》のまま半|破《こわ》れの寮を飛び出して、田圃の畔《あぜ》を転《こ》けつまろびつ河内屋の隠居の家まで走り続けて、さてそこで彼は気を失ったのである。
 隠居の家の板戸に斜めに貼ってあっ
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