は雨風に打たれた古家であるにもかかわらず、玄内さまもああして居ついていて下さるのだから、自分としては情において忍びないが、いつまで打っちゃっておくわけにもいかず、実は近いうちに取り毀して新しい隠居所を建てるつもりなのだと、いろいろの約定書や絵図面を取り出して、隠居は伝二郎の申し出に半顧《はんこ》の価値だも置いていないらしかった。押問答が正午まで続いた末、始めの言い値が三百両という法外《ほうがい》なところまで騰《あが》って行って、とどのつまり隠居がしぶしぶながら首を縦に振ったのだった。どうしてあの腐れ家がそれほどお気に召したかという隠居の不審の手前は、あくまで好事《こうず》な物持ちの若旦那らしくごまかしておいて、天にも昇る思いで伝二郎は蔵前の自宅へ取って返し、番頭を口車に乗せて三百両の金を拵《こしら》え、息せき切って河内屋の隠居の許までその日のうちに駈け戻った。
 金の手形に売状を掴むと、彼は仕事にあぶれている鳶の者たちを近所から駆り集めて、その足で玄内の寮へ押しかけて行った。相変らず小庭に面した六畳で、玄内は独り茶を立てていたが、隠居からすでに話があったと見えて、上り口の板敷きには手廻
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