たのは、見覚えのある玄内のお家流、墨痕《ぼっこん》鮮《あざや》かにかしや[#「かしや」に傍点]の三字であった。
が、ここに不思議なことには、清水屋が後から人足を送って、念のため、というよりは気休めにその古井戸を浚《さら》わせてみると、真青に水苔をつけた女の櫛が一つ、底の泥に塗れて出て来たという。
三
「器用な真似をしやがる!」
親方甚八の長話がすむのを待って、釘抜藤吉は、懐手のままぶらりと海老床の店を立ち出でた。いつしか陽も西に傾いて、水仙の葉が細い影を鉢の水に落していた。
「親分、今の話は内証ですぜ。」
追うように甚八は声を掛けた。
「きまってらい。」
と藤吉は振り向きもしなかった。
「が、俺の耳に入った以上、へえ、そうですかいじゃすまされねえ。」
と、それから、これは口の裡《うち》で、
「しかもその大須賀玄内様がだれだか、こっちにゃあちっ[#「ちっ」に傍点]とばかり当りがありやすのさ。おい、親方、」と大声で、「うまく行ったら一杯買おうぜ。ま、大きな眼で見ていなせえ。」
頬被りをしてわざと裏口から清水屋へはいって行った藤吉は、白痴《ばか》のようにしょげ返っ
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