銭《かね》で転んだ親類たちが取って押さえて、無理往生に輿入れさせようというある日の朝、思い余ったお露は起抜けに雨戸を繰ってあたら十九の花の蕾《つぼみ》を古井戸の底深く沈めてしまった。と、それと同時に抜地獄の秘密の仕掛けも、三千両というその大金も、永劫《えいごう》の暗黒《やみ》に葬《ほうむ》り去られることになった――とこういう因果話のはしはしが、お露の亡霊からいつ果てるともなく、壁へ向って呟《つぶや》かれるのであった。
伝二郎はぐっしょり[#「ぐっしょり」に傍点]汗をかいて固くなっていた。恐ろしさを通り越して自分でもなんとなく不思議なほど平静になっていた。ただ、三千両という数字が彼の全部を支配していた。これだけたんまり手に入れて見せれば、養家の者たちへもどんなに大きな顔ができることか、一朝にして逆さになる自分の地位を一瞬の間に空想しながら、焼きつくように彼は女の肩ごしにその壁の面を睨んでいた。が、眼に映ったのは堆高《うずだか》い黄金の山であった。もうふところにはいったも同然な、その三千両の現金であった。彼も亦商人の子だったのである。
と、女が立ち上った。細い身体が煙のように揺れたかと
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