質屋を営んでいた叶屋《かのうや》は、最初の揺れと共に火を失した内海紀伊《うつみきい》様《さま》の中間部屋の裏手に当っていたので、あっという間に家蔵はもとより、何一つ取り出す暇もなくすべて灰燼《かいじん》に帰したばかりか、主人夫婦から男衆小僧にいたるまで、烈風中の焔に巻かれて皆あえない最後を遂げたのだった。この叶屋の全滅《ぜんめつ》は、数多い罹災のうちでも、瓦本にまで読売りされて江戸中の人びとに知れ渡っていた。
が、この不幸中の幸ともいうべきは愛娘《まなむすめ》のお露が、その時寺島村の寮へ乳母と共に出養生に来ていたことと、虫の報せとでもいうのか、死んだ叶屋の主人が、三千両という大金をこの寮の床下へ隠しておいたことであった。壁の大阪土の中に掘穴を塗り込んで、それを降《お》りれば地下の銭庫《かなぐら》へ抜けられるように仕組んであった。
「抜地獄」と称するこの寮の秘密を、お露は故《な》き父から聞いて知っていたのである。が、彼女もその富を享楽《きょうらく》する機会を与えられなかった。有《も》って生れた美貌《びぼう》が仇となり、無頼漢同様な、さる旗下の次男に所望《しょもう》されて、嫌がる彼女を金
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